原民喜
底本:「夏の花・心願の国」新潮文庫、新潮社
1973(昭和48)年7月30日初版発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
原民喜
停車場とその病院の間を往来するバスが、病院の玄関に横づけにされた。すると、折鞄(おりかばん)を抱(かか)えた若い医師が二人、彼の座席のすぐ側(そば)に乗込んで腰を下ろした。雨はバスの屋根を洗うように流れ、窓の隙間(すきま)からしぶきが吹込んだ。「よく降りますね、今年は雨の豊年でしょうか」と医師たちは身を縮めて話し合っていた。やがて、バスは揺れて、真暗な坂路を走って行った。
銀行の角でバスを降りると、彼はずぶ濡れの鋪道(ほどう)を電車駅の方へ歩いた。雨に痛めつけられた人々がホームにぼんやり立並んでいた。次の停留場で電車を降りると、袋路の方は真暗であった。彼はその真暗な奥の方へとっとと歩いて行った。
さきほどから、何か真暗な長いもののなかを潜(くぐ)り抜けて行くような気持が引続いていた。よく降りますね、今年は雨の豊年でしょうか、――そういう言葉がふと非力な人間の呟(つぶや)きとして甦(よみがえ)って来るのであった。そういえばバスや電車の席にぐったりと凭掛(よりかか)っている人間の姿も、何か空漠(くうばく)としたものに身を委(ゆだ)ねているようである。日々のいとなみや、動作まですべて、眼には見えない一本の糸によってあやつられているのであろうか。彼は書斎のスタンドを捻(ひね)り、椅子に凭掛ったまま、屋根の上を流れる雨の音をきいていた。病室の妻や、病院の姿が、真暗な雨のなかに点(とも)る懐(なつか)しい小さな灯のようにおもえた。
ながい間、書斎の壁に貼(は)りつけていた火口湖の写真が、いつ、どこへ仕舞込んでしまったものか、もう見あたらなかった。が彼はよく、その火口湖の姿をおもい浮べながら、過ぎ去った日のことを考えた。それは彼が妻とはじめてその湖水のほとりを訪れた時、何気なく購(か)い求めた写真であった。毎朝その写真の湖水のところに、窓から射(さ)し込む柔かな陽光が縺(もつ)れ、それをぼんやり甘えた気持で眺める彼であった。……彼は山の中ほどで、息が切なくなっていた。すると妻が彼の肩を軽く叩(たた)いてくれた。それから、ふと思いがけぬところに、バスの乗場があり、バスは滑(なめ)らかに山霧のなかを走った。――それはまだ昨日の出来事のように鮮(あざや)かであった。だが、二度目にひとりで、その同じ場所を訪れた時の記憶もヒリヒリと眼のまえに彷徨(さまよ)っていた。みじめな、孤独な、心呆(こころほう)けした旅であった。優しいはずの湖水の眺めが、まっ暗な幻影で覆(おお)われていた。殆(ほとん)ど自殺未遂者のような顔つきで、彼はそのひとり旅から戻って来た。すると、間もなく彼の妻が喀血(かっけつ)したのだった。四年前の秋のことであった。妻の病気によって、あのとき、彼は自らの命を繋(つな)ぎとめたのかもしれなかった。