原民喜
底本:「夏の花・心願の国」新潮文庫、新潮社
1973(昭和48)年7月30日初版発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
原民喜
診察がすむと、彼はぐったりして、廊下の方へ出て行ったが、眼のまえの空間が茫と疼く疲労感で一杯になっていた。それから、妻の病室へ戻って来ると、パッと何か渦巻く色彩があった。いま妻のベッドの脇(わき)には、近所の細君が二人づれで見舞に来ていた。テーブルの上に菊の花が乱れた儘(まま)になっていた。いつもくすんだ身なりをしている隣組の女たちの、こうした、たまの盛装が、この部屋の空気を落着かなくしているのだろうか。……「ひどい南風ですね」と細君のひとりは窓の方を眺めながら云った。そういえば、リノリウムの廊下まで、べとべとと湿気ていたし、ガラス窓の外は茫と白くふくれ上って揺れかえしているのであった。見舞客が帰って行くと、妻はぐったりした顔つきで、枕に頭を沈めた。その頬(ほお)はかすかに火照っているようであった。
その南風が吹き募ると、海と空が茫と脹(ふく)らんで白く燃え上るようであった。どうかすると真夏よりも酷(きび)しい光線で野の緑が射とめられていた。落着のないクラスの生徒たちは、この風が吹きまくるとき、ことに騒々しかった。彼はときどき教壇の方から眼を運動場のはてにある遠い緑の塊(かたま)りに対(む)けていた。舞上る砂埃(すなぼこり)に遮られて、それは森とも丘とも見わけのつかぬ茫漠とした眺めではあったが、あの混濁のなかに一つの清澄が棲(す)んでいて、それが頻(しき)りに向うから彼の魂を誘っているようだった。すぐ表の坂を轟々(ごうごう)と戦車が通りすぎて行った。すると、かぼそい彼の声は騒音と生徒の喚(わめ)きで、すっかり捩(も)ぎとられてしまうのであった。
その風が鎮(しず)まると、漸(ようや)く秋らしい青空が眺められた。澄んだ午後の光線は電車の中にも流れ込んでいた。痩(や)せ細った老人が萎(しな)びたコスモスの花を持って、恐しい顔つきのまま座席に蹲(うずくま)っている。ある小駅につづく露次では、うず高くつみ重ねられた芋俵をめぐって、人が蟻(あり)のように動いていた。よじくれた榎(えのき)と叢(くさむら)のはてに、浅い海が白く光っていた。そうした眺めは、彼にとってはもう久しく見馴(みな)れている風景ではあったが、なぜか近頃、はっきりと輪郭をもって、小さな絵のように彼の眼の前にとまった。その絵を妻に頒ち与えたいような気持で、病院の方へ足を運んでいることがあった。
胸の奥に軽く生暖かい疼きを感じながら、彼は繊細なものの翳(かげ)や、甘美な聯想(れんそう)にとり縋(すが)るように、歩き廻っていた。家と病院と学校と、その三つの間を往(い)ったり来たりする靴が、溝(みぞ)に添う曲り角を歩いていた。そこから坂道を登って行けば病院だったが、その辺を歩いている時、ふと彼の時間は冷やかな秋の光で結晶し、永遠によって貫かれているような気がした。それから、病院の長い長い廊下や、(それは夢のなかの廊下ではなかったが)大概、彼が行くときか帰りかにきっと出逢(であ)う中風患者の姿、(冷たい雨の日も浴衣(ゆかた)がけで何やら大袈裟(おおげさ)な身振りで、可憐(かれん)に片手を震わせていた)合同病室の扉の方から喰(は)み出している痩せた女の黄色い顔、一つの角を曲ると忽ち轟然(ごうぜん)とひびいて来る庖厨部(ほうちゅうぶ)の皿の音、――そうした病院の風景を家に帰って振返ってみると、彼には半分夢のなかの印象か、ひそかに愛読している書物のなかにある情景のようにおもえた。